テクニカル指標とヒストリカルデータで戦略を検証すると、集計した瞬間は「効いている」ように見える数字が 驚くほど簡単に手に入ります。問題は、その数字がどれだけ生き残るかです。私たちは1日で 8つの仮説を高速スクリーニングし、うち7つで「集計では有望に見えた効果が、 一つ点検を加えると消えていく」様子を記録しました。本稿はその7つの消え方を、すべて実データの図で示します。
局所構造 3σ級の急騰・急落(ジャンプ)のあと、価格は続伸するのか反転するのか。全期間をプールすると、 静かな相場でのジャンプは継続率がやや高く見え、事前に決めた基準(継続率の差10ポイント)も 一度は満たしました。ところが同じ数字を年ごとに割ると、2020年と2023年では符号が逆を向きます。
プールした平均は、たまたま強く出た年に引きずられます。年次で割るだけで、 多くの「発見」はここで力尽きます。
効果不在 H4バーの中で高値と安値のどちらが先につくか。1分足からラベルを作って測ると、 「高値が先」は47.8%——50%から統計的には4.32標準誤差も離れた「有意」な非対称に見えます。 n=9,263。立派な数字です。
この非対称は、上昇相場で陽線が多かったという1変数だけで完全に説明されます。 陽線と陰線を等ウェイトにすれば49.7%、ほぼ50/50。標本数と標準誤差は、それが情報である保証を与えません。
効果不在 「共通のドル要因を取り除けば、通貨ごとの行き過ぎ(平均回帰)が見えるはず」——もっともらしい理屈です。 6通貨の日次データ26年分(FRED H.10)で、共通因子を各時点までのデータだけで推定して除去し、 残差の自己相関を測りました。事前の想定は「残差は生リターンより強く平均回帰する」。
結果は符号が逆でした。しかも残差の平均回帰が効くのは2020年代だけで、 2000年代・2010年代は逆を向きます。当社の別手法による過去検証(週次リバーサルは2020年以降のレジーム現象)と、 偶然にも同じ結論に着きました。「最近効いている」を「構造」と呼んではいけません。
効果不在(先読みバグを自己検出) コスト負けした5つのトレンド戦略について、「値幅が大きくなりそうな時だけ取引すれば救えるか」を試しました。 最初の集計は見事でした——値幅/コスト比が最も高い層で純益プロフィットファクター1.295、5年すべて安定、 Gate1の壁(1.10)を超える。まさに聖杯です。
異変は、走行前に決めておいた点検——「コストを含まないグロスPFも必ず見る」——で気づきました。 コストと無関係なはずのグロスPFが、なぜ層を上がるほど改善するのか。原因は保有期間の使い方に潜んだ先読みでした。 「反対シグナルが来るまで持った」という長い保有は、結果を見てからでないと分かりません。長く持てたトレードは 勝ったトレードなので、「値幅/コスト比が高い=勝った」を後から選んでいただけです。修正すると効果は消えました (純益PF 1.295→0.940)。この点検の一行を書いていなければ、私たちはこれを成果として発表していました。
効果不在 死んだシグナルの情報は、特定の保有時間に集中しているのではないか。固定の保有時間(1〜24バー)で決済して、 期待値の曲線を丸ごと測りました。純益PFは保有を延ばすほど0.71から1.01へ改善します——一見、朗報です。
ところがコスト前のグロスPFはほぼ横ばい(1.05→1.09)。純益が良く見えるのは、 1回分の固定コストを長い保有時間で割り算しているだけで、シグナルの情報は1ビットも増えていません。 しかも薄め切っても、最良の(9通りから選んだ)保有時間で1.008——壁には届きません。
効果不在 「通貨が一斉に同じ方向へ動く(相関が高い)時期の後には、大きな共通ショックが来る」。危機の記憶に合う話です。 無条件で測ると、相関が高い局面のあとの共通ショックは1.16倍——予測できているように見えます。
しかし相関が高い時期は、たいていボラティリティも高い時期です。ボラ水準で条件をそろえてから測ると、 共通ショック比は0.95前後——効果は消えるどころか、わずかに反転します。10年区切りでも3期間すべてで1.0未満。 相関を見る価値は、ボラティリティを見る以上にはありませんでした。
構造は実在/宣告は保留 リターンをボラティリティで標準化して大きさの違いを取り除いても、テールの厚みは通貨で偏ります。 豪ドルは下落側のテールが厚く(テール比1.50)、円は逆に上昇側が厚い(0.88)。 「キャリー通貨は階段で上りエレベーターで落ちる」という定性的な通説と整合します。
確認候補 7つが消えた一方で、一つだけ点検を通過した問いがあります。「次に大きく動くまでの待ち時間」は、 方向ではなくタイミングを予測します。時間帯で条件をそろえた後も、直前のボラ状態は待ち時間に情報を持ち続けました。
これは正直に言えば、ボラティリティ・クラスタリング(荒れた相場は続く)から自然に予想できる範囲で、 驚きの発見ではありません。そして決定的なことに、方向を教えてくれないので、 これ単体では売買ルールになりません。次に確認するなら、単純な現在ボラやHAR型予測を超える増分があるかを、 別の期間で測る必要があります。本稿ではこれを「次回の確認候補」として保留します。
8つの高速スクリーニングで繰り返し現れたのは、次のパターンです。 集計した瞬間の数字は、しばしば有望に見える。しかしその多くは、 年次の安定性・相場のドリフト・コードの先読み・ボラティリティとの交絡・コスト構造・引用方向といった 個別の代替説明を一つ取り除くと、維持されなかった。
これは「無料データには何もない」という結論ではありません。8件では、そこまで一般化できません。 言えるのは、点検を先に決めておくこと——本稿の第4節でバグを捕まえたのは、 結果を見る前に「グロスPFも見る」と書いておいた一行でした——の価値です。
Urban Flux Research — 非自明な市場構造の探索と、その正直な地図づくり。